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筑波大学ギター・マンドリン部同窓生のコミュニティ・サイト

大村拓 連載

ジェローム・カーンを知ってますか?

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第2回 「ショウボート」− ミュージカルの誕生

 ジェローム・カーンが「ミュージカルの生みの親」と称されることは、前回述べましたが、それは彼がアメリカ・ミュージカルの第1号となる「ショウボート」の音楽を作曲したことによるものです。「ショウボート」とは、アメリカ音楽史において、それほど重要な作品なので、今回はこの作品について解説してみましょう。

 ところでミュージカルとはどのようにして誕生したのでしょうか。舞台上でお芝居と歌を融合したものをミュージカルと呼ぶのなら、それより何世紀も前から、ヨーロッパにはオペラがありました。実際20世紀初頭のアメリカにおいては、ヨーロッパ直輸入のオペラ(正確にはオペラが大衆化したオペレッタ)が人気を博しており、その流行の中からミュージカルが誕生しました。つまりミュージカルとはオペラの発展型というわけです。では、オペラ(オペレッタ)とミュージカルを分ける境目はどこにあるのでしょう。今では歌唱法の違いなどその差は明確ですが、草創期にはもっと曖昧なものであったことでしょう。そこで、ミュージカルとは「アメリカ独自の物語をアメリカ独自の音楽と融合させた舞台芸術」と定義して、あくまでヨーロッパの芸術であったオペラと区別するのが一般的な解釈となっているようです。そうすると「ショウボート」こそがまさにその第1号となるようです。

 「ショウボート」は、アメリカ南部でミシシッピ川を航行しながらエンターテインメントを提供するショウボートが舞台となっているドラマで、当時のアメリカの社会問題であった人種差別やアルコール依存症、ギャンブル依存症も逃げずに取り上げています。その意味でこれぞ正にアメリカのドラマだと言えましょう。また音楽もアメリカ黒人の音楽であったジャズの要素を取り入れ、それにアメリカ特有の英語の歌詞を添えています。このことから「ショウボート」は音楽におけるアメリカの独立宣言と言えるような内容をもっており、これがこの作品をもってアメリカ・ミュージカルの第1号と言われる所以なのです。

 現在日本に住む我々が、ブロードウェイの舞台で実際に上演されている「ショウボート」を観ることは困難なことですが、幸い映画化された作品を鑑賞することはかなり容易です。「ショウボート」はこれまで3回映画化されていますが、1回目はサイレント(一部トーキー)なので観ることは難しいですが、2回目(1936年モノクロ)と3回目(1951年カラー)はDVD化されており、日本語字幕で簡単に鑑賞することができます。2回目と3回目を比較してみると、ストーリーの骨格は変わらないものの、展開のさせかたはかなり違うので、両方とも観ても新鮮な気持ちで楽しめます。ただし音楽は共通でどちらもジェローム・カーンの作曲した曲で構成されています。ちなみに作詞は『サウンド・オブ・ミュージック』でお馴染みのオスカー・ハマースタイン2世です。

 それでは、デュアートがギターに編曲し、私が演奏した「ショウボート」のスタンダード・ナンバー2曲を紹介してみましょう。

@ Can't Help Lovin' Dat Man(愛さないではいられない)
https://www.youtube.com/watch?v=7_TnQ-1_Dbg

 この曲は、ショウボートの元看板女優が得意としていた曲で、作品の序盤に、愛する夫を慕って歌われます。しかしこの看板女優は黒人との混血を理由にステージを追われてしまいます。当時の法律では、黒人と白人の結婚は禁じられていたからです。その後看板女優の座を受け継いだヒロインも、夫のギャンブル依存症のせいで結婚生活が破綻し、就職先を求めたオーディションでこの歌を歌います。ドラマの重要なシーンで用いられる曲なので観る者に強い印象を残す曲です。この時、ヒロインは「黒人の歌を歌います」と言ってこの曲を歌い始めており、それは中盤のコード進行がジャズ風になるところから、黒人の歌としたのでしょう。また歌詞についても、タイトルのDatとはthatのアメリカ英語特有のスラングであり、アメリカ独自の音楽を作ろうという作者たちの明確な意図を感じます。

A オールマン・リバー
https://www.youtube.com/watch?v=aZjcqnl--hg

 この曲は、黒人水夫が黒人ならではの人生の辛さを、朗々たるバスで歌う本作のテーマ曲であり、同時にアメリカ・ミュージカル史上屈指の名曲です。しかしギター独奏でその持ち味を出すことは至難の業で、私も終盤にかなり手を加えて、ドラマチックさを出そうと苦労してみましたが、オリジナルの素晴らしさにはなかなか迫れませんでした。

 なおこの2曲とも、クラシック・ギターで演奏することは極めて希有なことだと、申し添えておきます。


筑波大学ギター・マンドリン部 OB・OG会

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